どちらが好み?
甘い言葉ばかりをささやく男性というのは、女性にとってはとても居心地が良いのですが、普通に考えると、遊び慣れてるな、と一線を引いてしまうのが、並の女性なのではないでしょうか。ある意味、自分は恋愛対象ではないのかも、と疑ってみても良いと思います。
それは、自分が相手の男性の立場になれば、見えてきます。女性の全てを許せるのは、一体、どういう心境の時なのか。嫌われることを避ける為、物を与えて、優しい男性を演じ続ける男性。この場合は、やはり遊ばれていることが多いので、気をつけたいところです。もしくは、彼女の全てを愛してしまう、恋愛初期の、盲目状態。あるいは、妹をかわいがるお兄さん的な恋愛。どれも似たり寄ったりな感じがしてしまいますが、どれも、相手を対等に見ていない=自分をさらけ出していない=未熟な彼女を信頼していないから。…そういう連鎖的な問題点が、どのケースにも共通しているよう感じるのは、気のせいでしょうか。それは、確かに、妹を見るお兄さん的なまなざしと愛情であって、恋愛とは程遠いのかもしれません。
物を与える男性などに至っては、遊びなれていると受け取られても、仕方がありません。他に、その女性の全てを許せてしまう、という心境には、以下の2つもあるかと思います。初めて生まれた自分の子どもが、女の子だったとしたら、その子を目の中に入れても痛くないほど溺愛する、この場合は、お父さん。結構な数いらっしゃるかと思います。もしくは、老いた母を気遣い、その言動を全て許すことで、親孝行している息子という在り方。どれをとってみても、それは、深い愛情が成すことですが、恋愛対象ではまったくありません。やはり、相手のすべてを受け止め、優しい言葉ばかりをかけられる人というのは、どこか、相手と対等には付き合いたくないと、避けているフシがあるのかもしれません。
だったら、甘い言葉をささやく男性というのは、女性の敵なのか?これも、何か違う気がします…というか、違うと思いたい、それは私の願望なのかもしれないですが、女性なら、やっぱり、赤いバラを贈られて告白されたりとか、クリスマスはカリブ海でクルージングとか、ベタな手法であっても、憧れてしまうものです。相手を思いやる、優しい言葉だらけに包まれて、お互いに付き合いたい。クラシック好きな方なら、余計に、そういったスタンスで生きる男女の恋愛観を、現代的で世俗的な感性に壊されたくはない、と拒むものです。
なら、嫌われるのを覚悟してでも、自分に忠告してくれる人が、本当に対等として付き合える男性なのか?これも、微妙です。時にはありがたいと思いはしても、始終忠告されていると、私の好きにさせてよ、と逃げたくなるかもしれません。他にも、見渡せば、思いつく心境があるかと思いますが、いずれも、すてきな恋愛なのかなぁと考えると、ちょっと違うような気がしてしまいます。これは、あくまで、個人的な視点です。恋愛の形なんて、人それぞれ。
優劣をつけさせてもらうのは、少しおこがましいのかもしれませんが、そこで終わると、やみくもに目に入る男性を好きになってしまい、何年も付き合った揚げ句に別れてしまったり、そうなった原因を後から考えても、遅い…、という自体を招きかねません。実際に好きになる相手がどうのこうのではなく、それ以前の、理想、として。恋愛は数をこなせ、とよく言われますが、結婚は数をこなせ、とはあまり聞きません。あえてそこにメスを入れるとすれば、自分はどういった恋愛を欲しているのか。それぐらいなら、自身に問いかけてみても良いのではないでしょうか。